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エビングハウスの忘却曲線
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エビングハウスの忘却曲線とは?節約率に注目した記憶実験や節約率を高める学習法、批判について解説

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一度記憶した内容は、時間が経つと少しずつ薄れていくものですが、完全に忘れてしまうわけではありません。繰り返し学習することで、効率よく記憶を定着させることができます。

19世紀、ドイツの心理学者ヘルマン・エビングハウスが記憶に関する画期的な研究を行いました。彼の名を冠した「エビングハウスの忘却曲線」は、人間の記憶が時間とともにどのように薄れ、再学習にどれくらいの学習コストがかかるのかという「節約率(Savings)」を示しており、学習の効率化を考えるうえで欠かせない理論といえます。

本記事では、エビングハウスの忘却曲線の概要と、節約率に着目した実験の詳細に焦点を当て、その応用法や批判の視点などもあわせて解説します。

エビングハウスの忘却曲線とは?

エビングハウスの忘却曲線の原著論文は、1885年に出版された『Über das Gedächtnis. Untersuchungen zur experimentellen Psychologie』(記憶について:実験心理学への貢献)です。※1

この論文はドイツ語で書かれており、後に英語に翻訳され、『Memory: a contribution to experimental psychology』というタイトルで1913年に出版されました。※2

「無意味音節」を使った徹底実験

ヘルマン・エビングハウスは19世紀末、当時はほとんど研究例のなかった「記憶」の分野に興味を持ち、科学的手法で記憶を測定できるかを模索しました。

既存の知識や意味的連想を排除するため、彼は「無意味音節(nonsense syllables)」を作成して実験を行いました。無意味音節とは、母音および二重母音と子音を組み合わせた意味のない文字列であり、「ROX」「GEK」などさまざまな系列の音節が用意されました。エビングハウスは2,300種類もの無意味音節を作り、リストにして自分自身で日々暗記しました。そして、時間が経過した後の「どれだけ覚えていられるか」あるいは「どれだけ早く覚え直せるか」を測定しました。※3

エビングハウスは他人に頼まず、自らを被験者として、同一条件で膨大な回数のテストを行い続けました。客観性の面で批判もありましたが、当時としては極めて緻密なデータ収集を成功させたのです。こうした実験の成果が、のちに「エビングハウスの忘却曲線」と呼ばれるグラフとしてまとめられ、時間の経過による忘れ方が体系的に示されるようになりました。

節約率という視点:エビングハウス実験の鍵

エビングハウスの実験でもっとも注目すべきなのは、「再学習するときに最初よりも手間や時間がどれだけ減るか」という節約率(Savings)の考え方です。具体的には、初回学習から一定時間をおいて、もう一度同じ無意味音節のリストを覚えるとき、まったくゼロから覚え直すよりもずっと少ない努力で済むことが確認されたのです。※4

これにより、一度失われたように見える記憶でも、脳内に“痕跡”が残っているのではないかという考え方が科学的に裏付けられ、「復習をすれば学習効率が上がる」という理解が広まりました。

エビングハウスの忘却曲線

エビングハウスの忘却曲線

エビングハウスの忘却曲線は、一度学習した記憶を再学習するためにかかる時間をどれくらい節約できるかという「節約率」の変化を示したものです。時間の経過によって記憶がどれくらい忘れられてしまうかを示しているわけではない点に注意が必要です。

例えば、ある内容を最初に記憶するのにかかった時間を100%として、20分後に再学習する際は約58%の学習コストで記憶することができます。64分後には約44%、1日後には約34%、1か月後(31日後)には約21%の学習コストがかかります。※4

忘却曲線の応用:節約率を高める5つの学習法

エビングハウスの研究は、学習効率を上げる具体的なヒントを与えてくれます。その中心にあるのが、再学習の手間を減らす=節約率を高めるという視点です。節約率をうまく活用した学習法の例を4つご紹介します。

スペーシング効果(間隔を空けた学習)

一度にまとめて学ぶのではなく、定期的に復習の機会を設けることで、脳内に「忘れかけたところで思い出す」というプロセスが生まれ、節約率が高まりやすくなります。

例えば、1日後・3日後・1週間後など、一度学習した内容を時間を空けて段階的に復習するシステムは、現在では多くの語学アプリや学習サービスに採用されています。

インターリープ学習(異なる科目を交互に学ぶ)

同じ教科ばかりを詰め込むより、複数の分野を組み合わせて学習すると、忘れかけたころに再び思い出す機会が得られます。これも、エビングハウスのいう「再学習の手間を減らす」ための一種の工夫といえます。

関連記事:反復学習とインターリープ学習の違いとは?メリットやデメリット、組み合わせについて解説

アクティブ・リコール(自分で思い出す訓練)

テキストを眺めるだけではなく、学習内容を頭の中から情報を呼び出そうとする行為が、節約率をより高めるポイントです。クイズ形式を取り入れたりノートを閉じて口に出したりして、脳に「取り出し練習」をさせることで、次回の再学習がますますスムーズになります。

スパイラル学習(反復学習)

スパイラル学習とは、同じ教材や内容を繰り返し学びながら理解を深め、段階的に難しい内容に挑戦していく学習法です。反復学習とも呼ばれており、時間を空けて忘れかけたころに再学習できるので、忘却を防ぎながら知識を強化できます。

関連記事:スパイラル学習とは?サピックスでも行われている効果的な学習法

幼児教育への応用:自然な形での「再学習」

幼児期は、集中力や言語能力が十分に育っていないため、短い時間の学習を何度かに分けて繰り返す工夫が重要です。エビングハウスが示したように、一度学んだことは時間が経ってもすべて忘れてしまうわけではない点を踏まえると、子どもの学習においても何度も繰り返し体験させることが効果的であるといえます。

エビングハウスの忘却曲線を踏まえて、幼児教育に無理なく応用するための方法を3つご紹介します。

同じ絵本を繰り返し読む

幼児は同じ絵本を繰り返し読むことを好みますが、これは自然に「再学習」を行っているといえます。子ども自身が楽しく何度も読もうとすることで、節約率が高まります。ビジュアルや物語を通してものの名前や知識などを学び、自然に再学習することで記憶が定着します。

関連記事:絵本の読み聞かせはどんな効果がある?研究論文や絵本の選び方、読み聞かせのコツについて解説

ゲームや遊び

遊びのなかで同じ概念に何度も触れる行為は、幼児にとって大きな負担にならず、結果的に「再学習の手間を下げる」ことにつながります。例えば、「色の名前を覚える」「簡単な数の概念を理解する」といった学習も、ゲームや遊びとして取り入れることで、無理なく繰り返し学習できます。

家庭での振り返り

学習だけでなく、家庭での日々の会話も再学習や記憶の定着につながります。例えば、家で子どもに「今日はどんなことをしたの?」と聞くことは、子どもにとって自分の記憶を呼び出す絶好のチャンスです。こうしたやり取りを続けることで、保育園・幼稚園で学んだことの「再学習サイクル」が日常に取り込まれ、自然と節約率が高まります。

エビングハウスの理論に対する批判と再評価

エビングハウスの理論は現代にも役立つ内容ではありますが、その実験方法にはいくつかの批判もあります。エビングハウスの実験に対する批判と、近年の再評価について解説します。

無意味音節の限界

エビングハウスは、既存知識や意味的連想が入りにくい実験素材として無意味音節を採用しました。しかし、実生活の学習は「意味」や「文脈」、「感情」などが深く関わる場合が大半であり、必ずしもすべての記憶において同じ傾向を示すわけではないと指摘されています。

例えば、1961年の時点ですでに、広告分野の研究者がエビングハウスの忘却曲線を用いることについて指摘した書評がありました。この書評では、エビングハウスの実験はあくまで無意味音節を使用したものであり、サイズや色、連想や意義といったさまざまな要因が影響する広告に忘却曲線を適用することは誤解を招くとしています。※5

子どもの学習や幼児教育においても同様に、ものの名前や数の概念、物語や一般常識など、学習する内容には意味があり、普段の生活とも関連しています。単語として意味を成さない無意味音節を学習するわけではないため、エビングハウスの実験結果がそのまま当てはまるわけではないことに注意する必要があります。

エビングハウス本人による単一の被験者であること

エビングハウスの実験は単一被験者(本人)に依存しており、再現性と一般化可能性という点で根本的な疑問が生じます。

人によって動機づけの高さや既存知識の豊富さは異なるため、同じ時間が経っても再学習の手間は大きく変わる可能性があります。また、運動技能や感情を伴う記憶などは、人によって覚えやすさも忘れやすさも異なります。

近年の研究による再評価

実験方法については批判もある一方で、近年の研究では、エビングハウスの忘却曲線の基本的な形状は再現可能であることが確認されています。

例えば、Jaap M. J. Murre氏が第二著者であるJorei Dros氏を被験者として行った2015年の研究では、エビングハウスの実験を忠実に再現し、類似した結果を得ることに成功しました。Murre氏らは論文の結論パートにおいて、エビングハウスが記憶における睡眠の重要性を強調している点にも触れています。忘却曲線の分析によって、24時間後に忘却曲線が一時的に上昇する現象が見られたと言及しており、これは睡眠が記憶の定着に与える影響という現代的な研究テーマと関連していると考えられます。※6

また、「時間が経つと忘れは進むが、一度学んだことは完全にゼロには戻らない」というエビングハウスの主張は、現代では多くの学習理論や教育実践で支持されています。AIやオンライン学習ツールを使い、ユーザーごとに最適な復習タイミングを提示するシステムは、節約率の発想を洗練させた好例といえるでしょう。

エビングハウスが説く「節約率」は幼児教育においても効果的

エビングハウスの忘却曲線で注目すべきなのは、「再学習によって、初回よりも効率よく学習内容を定着できる」という節約率(Savings)の視点です。無意味音節を使った彼の実験方法は、日常の学習(意味のある情報、感情や動機づけを伴う学習など)とは必ずしも完全に一致しないものの、一度覚えた内容がまるごと無駄になるわけではないことを示しています。特に幼児教育においては、短い学習を繰り返したり、遊びや物語を通じた体験を取り入れたりすることは「節約率を高める」という観点で理にかなっているといえます。エビングハウスの理論は、学習に向き合う際のガイドラインのひとつであり、現代の技術とあいまって、より効果的な学習体験を支える基盤として機能し続けているのです。

参考資料

※1 H. Ebbinghaus. (1885) Über das Gedächtnis. Untersuchungen zur experimentellen Psychologie. Universität Leipzig.
※2 Hermann Ebbinghaus. (1885) Memory: A Contribution to Experimental Psychology. Ann Neurosci. 20(4). 155–156.
※3 H. Ebbinghaus. (1885) Über das Gedächtnis. Untersuchungen zur experimentellen Psychologie. Universität Leipzig. III. Methode der Untersuchung.
※4 H. Ebbinghaus. (1885) Über das Gedächtnis. Untersuchungen zur experimentellen Psychologie. Universität Leipzig. VII. Das Behalten und Vergessen als Funktion der Zeit.
※5 D. Morgan Neu. (1961) Book Review: Advertising and the Soul’s Belly. Advertising and the Soul’s Belly. 25(6).
※6 Jaap M. J. Murre, Joeri Dros. (2015) Replication and Analysis of Ebbinghaus’ Forgetting Curve. PLOS ONE.

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Pre eduの企画・執筆・編集をしています。小学校受験や幼児教育に関する情報をお届けします。

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