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科学的根拠に基づく勉強法「アクティブリコール」で記憶力・理解力・学習意欲を伸ばそう

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子どもの健やかな成長と学びのために、絵本を読み聞かせたり、図鑑を見せたり、さまざまな場所に連れて行ったりするお父さん・お母さんも多いことでしょう。しかし、従来の「教える」「見せる」といった受動的な学習方法よりも、知識を深く長く記憶に残し、理解力や言語能力、学習意欲などを高められる学習方法があります。それが、認知科学の研究に基づいたシンプルかつ効果的なアプローチ、「アクティブリコール(Active Recall)」です。学んだ情報をただ見返すのではなく、記憶のなかから積極的に「思い出す」ことで記憶の定着や理解力の向上を助けます。この記事では、「思い出す」プロセスが幼児期の脳の発達と学びに効果的な理由と、家庭でアクティブリコールを実践するための具体的な方法や長期的なメリットについて、科学的な根拠を交えながら詳しく解説します。

目次

アクティブリコールとは?

米国内科専門医である安川康介氏の著書『科学的根拠に基づく最高の勉強法』(2024年、KADOKAWA)によると、アクティブリコールとは「勉強したことや覚えたいことを、能動的に思い出すこと、記憶から引き出すこと」を指します。また、アクティブリコールによって「情報が長期記憶に定着しやすくなる現象」のことを、「テスト効果(Testing effect)」といいます。※1

認知心理学の分野では、「想起練習(Retrieval Practice)」や「練習テスト(Practice Testing)」といった用語も使われます。記憶の筋肉を鍛えるトレーニングのようなものであり、「能動的に思い出す」という本質をとらえた言葉といえます。※2、3、4

従来の「情報を脳に入れること(インプット)」だけに焦点を当てるのではなく、「情報を脳から引き出すプロセス(アウトプット)」こそが学習効果を高める上で重要だというのが、この学習法の根本的な考え方です。情報を思い出すという行為を通じて、記憶はより深く、確かなものになっていくのです。

受動的な学習に起こりやすい「流暢性の錯覚」

学習というと、教科書を繰り返し読んだり、ノートにマーカーを引いたり、講義を何度も聞いたりといった方法を思い浮かべる人が多いかもしれません。これらの受動的な学習は一見すると熱心に勉強しているように感じられますが、認知科学の研究によると、長期的な記憶の定着という点ではあまり効果的ではないことが指摘されています。※3、4

特に、ノートを読み返す学習方法は、長期記憶への情報の保持において最も効果が低いとされています。※2、4

安川康介氏の著書『科学的根拠に基づく最高の勉強法』でも、ノートや教科書を繰り返し読む「再読」については「とても短期的には多少効果があるかもしれません」としながらも、長期的な知識の習得においては「あまり効果的とは言えません」と指摘されています。※1v

受動的な学習の効果が低い理由として、「流暢性の錯覚」に陥りやすいことが挙げられます。何度も見聞きした情報に対しては、「これはよく知っている」という親近感を覚えやすいものですが、必ずしもその情報を自力で思い出せるわけではありません。実際に、教科書やノートを読み返して「わかった!」と感じている知識であっても、何も見ずに説明しようとすると言葉が出てこないことも少なくありません。情報や知識を受動的にただ「見る・聞く」だけでは、記憶の定着という点では高い効果が得られないのです。※1

能動的な学習で生じる「認知的努力」こそが記憶定着の鍵

能動的な学習であるアクティブリコールは、記憶から情報を引き出すために、より多くの精神的な努力を要します。これを「認知的努力(cognitive effort)」といいます。※4

教科書やノートなどを見ずに情報を思い出すのは難しいと感じることが多く、認知的努力を要します。そのため、アクティブリコールによる学習の効果は、勉強している本人には実感しにくい一面もあります。実際、繰り返し教材を読む受動的な学習のほうが簡単な方法であり、流暢性の錯覚によって「わかった!」と感じやすいことから、多くの学習者が受動的な方法だけで学習を進めています。※1、3

しかし、難しいと感じるのは学習がうまくいっていないサインではなく、むしろ脳が活発に働き、記憶をより強固なものにしようとしている証拠ととらえることができます。この難しさは、認知心理学では「望ましい困難(Desirable Difficulties)」と呼ばれており、一見すると非効率に思えるかもしれませんが、実は記憶を定着させ学習効果を高める重要な要素なのです。※1、3

安川康介氏の著書『科学的根拠に基づく最高の勉強法』では、アクティブリコールの具体的な方法として以下が挙げられています。※1

  • 練習問題や過去問を解く
  • 模試を受ける
  • 暗記カードやフラッシュカードを使う
  • 紙に書き出す、学んだことを誰かに教える

一度覚えたことを努力して記憶から取り出そうとすることが大切であり、問題を解く、紙に書く、声に出すといったアウトプットと同時に行うことで、より記憶に残りやすくなります。※1

記憶が定着する仕組み:「テスト効果」の秘密

アクティブリコールの効果を裏付ける重要な概念が「テスト効果(Testing Effect)」です。これは、情報を記憶から検索(想起)する行為自体が、その情報の記憶を強化し、将来的に思い出しやすくするという現象を指します。※5

H.L.Roediger氏とJ.D.Karpicke氏が発表した2006年の論文によれば、学習した内容について5分後、2日後後、1週間後にテストを行ったところ、繰り返し学習よりも情報を思い出しながら解くテストを行うことで、長期的な記憶が大幅に向上することが示されています。※5

情報を思い出そうとするプロセスを通じて、情報は短期記憶から長期記憶へと移行しやすくなります。さらに、テスト(思い出す練習)は情報へのアクセスしやすさ(検索強度)だけでなく、その情報がほかの知識やスキルとどれだけうまく結びついているか(保存強度)も高める効果があると考えられています。つまり、単に情報を覚えているだけでなく、それをほかのことと関連付けたり、応用したりする力も育むのです。※3、4

アクティブリコールは幼児期におすすめの学習方法

アクティブリコールは、幼児期の学習においても効果的です。その理由とメリットを解説します。

なぜ幼児期に「思い出す力」が大切なのか?

幼児期は、脳が急速に発達し、生涯にわたる学習習慣や認知能力の基礎が築かれる非常に重要な時期です。この時期にアクティブリコールを取り入れることは、単に物事を記憶する能力を高めるだけでなく、学びの土台そのものを強固にすることにつながります。※6

幼児期のアクティブリコールは、経験したことや学んだことの意味を深く理解し、新しい知識とすでにある知識を結びつけ、学びをより豊かにするのに役立ちます。子どもたちは本来、身の回りの世界を探求し、疑問を持ち、物事を理解しようとする強い好奇心を持っています。アクティブリコールで用いられる「これ何だっけ?」「どうしてこうなるのかな?」といった問いかけは、子どものこうした自然な発達段階の欲求に寄り添います。知識の暗記テストのために取り入れるのではなく、遊びや日常会話を通して「思い出す」経験を重ねることで、子どもの知的な発達を自然な形で促します。

アクティブリコールが幼児にもたらすメリット

幼児期にアクティブリコールを意識的に取り入れることで、以下のメリットがあります。

記憶力の向上

絵本の内容、歌、日々のルーティン、人の名前、物の名前など、さまざまな情報をより長く、正確に覚えていられるようになります。

深い理解の促進

情報を思い出すプロセスは、単なる表面的な認識を超えて、情報の意味をより深く処理することを促します。新しい知識を、子どもがすでに持っている知識や経験と結びつける手助けとなり、物事の本質的な理解につながります。

言語能力の発達

思い出したことを言葉で説明したり、質問に答えたりする経験は、語彙力、文章構成力、そして物語を語る力(ナラティブスキル)など、言語能力全体の発達を促します。

思考力・問題解決能力の育成

情報を思い出し、それを自分の言葉で説明しようとすることは、論理的に考える力や、知識を応用して問題を解決する力を刺激します。

学習意欲と自信の向上

自分の力で情報を思い出せた、説明できたという成功体験は、「できた!」という達成感につながります。子どもにとって大きな自信となり、学習への意欲を高めます。

アクティブリコールは、幼児期の子どもたちが自分自身の理解度を把握する、いわば初歩的な「メタ認知」の芽を育むことにもつながります。思い出そうとするプロセスを通じて、自分が何を理解していて何がまだ曖昧なのかを、子ども自身(そしてそれを見守る親)が自然に知る機会となります。これにより、「正解すること」よりも「自分が何を知っているかを理解すること」に焦点が当たり、学びの方向性を自然に定める手助けとなるのです。

遊びを通じた自然な学びとの親和性

アクティブリコールは、必ずしも机に向かって勉強するような形式である必要がないことから、幼児教育に取り入れやすいといえます。子どもたちが大好きな遊びや日々のコミュニケーションなど、生活習慣のなかに楽しく自然に組み込むことができます。

例えば、幼児教育のアプローチとして知られる「ハイ・スコープ・カリキュラム」における「Plan-Do-Review(計画-実行-振り返り)」のプロセスも、アクティブリコールの考え方と通じる部分があります。特に「Review(振り返り)」の部分では、子どもが自身の活動(遊び)を言葉で表現し、経験を再構成します。これは、経験を記憶から引き出し意味づけるという点で、アクティブリコールの要素を含んでいるといえるでしょう。※7

このように、遊びや日常会話のなかで意図的に「思い出す」機会を取り入れることは、子どもの主体的な学びを支えるのに役立ちます。

親子でできるアクティブリコールの具体的な実践例

アクティブリコールは、特別な道具や時間を必要としません。幼児期においては、子どもにプレッシャーを与える「テスト」ではなく、親子で楽しむ「遊び」として取り入れるのがおすすめです。ここでは、日常生活のさまざまな場面でアクティブリコールを取り入れるための具体的なアイデアをご紹介します。

絵本タイムを学びの時間に

絵本の読み聞かせは、アクティブリコールを取り入れる絶好の機会です。

読む前に想像を膨らませる

まずは表紙を見せて、「どんなお話だと思う?」「この子(登場人物)は、これから何をするのかな?」などと問いかけることで、子どもの予測やすでにある知識を引き出します。

読み終わった直後に問いかける

絵本を読み終わった後、「どんなお話だった?」「この子(登場人物)は、今どんな気持ちかな?」などと問いかけてみましょう。適宜ページを遡りながら問いかけるのもよいでしょう。直前の内容を思い出すことで、記憶が定着しやすくなります(即時想起)。

絵本を読んでいる最中に時折立ち止まって質問しても構いませんが、子どもの集中力を途切れさせてしまう場合もあります。子どもの様子を観察しながら質問のタイミングを計りましょう。

読んでからしばらく経った後に思い出させる

絵本を読んでしばらく経過した後に質問するのもおすすめです。「さっき読んだ絵本、どんなお話だったか教えてくれる?」「誰が出てきたっけ?」「どの場面が一番好きだった?」などの質問を通して、物語全体の要約や登場人物、個人的な感想などを自分の言葉で表現するよう促します(遅延想起、要約)。

関連記事:絵本の読み聞かせはどんな効果がある?研究論文や絵本の選び方、読み聞かせのコツについて解説

日常会話で「思い出す」を促す声かけ

普段の何気ない会話のなかでも、少し意識するだけで「思い出す」機会をたくさん作れます。

一日のできごとについて振り返る

夕飯時やお風呂タイム、寝る直前などに、今日あったできごとを振り返る時間を設けましょう。例えば、「今日、公園で一番楽しかったことは何だった?」「スーパーで誰に会ったっけ?」「朝ごはん、何を食べたか覚えてる?」など、その日の経験を思い出させるような問いかけがおすすめです。

過去と現在を結びつける問いかけ

今、目の前で起こっているできごとに関連付けて、過去を思い出させるような質問をしてみましょう。例えば、「このワンちゃんは黒いね。昨日見た大きなワンちゃんは何色だったか覚えてる?」「この歌、今朝も歌ったよね。どんな歌だったかな?」など、現在の状況と過去の記憶を結びつけることで思い出しやすくなります。

ほかの人に説明する

「今日、幼稚園で習ったこと、おばあちゃんに教えてあげてくれる?」など、学んだことや経験したことをほかの人に説明する機会を作りましょう。思い出しながら言葉で説明することは、非常に効果的な想起練習です。※4、8
小見出し:遊びのなかに「思い出す」仕掛けを
子どもが大好きな遊びの時間にも、アクティブリコールを組み込むことができます。

ごっこ遊び

例えば、お店屋さんごっこの後に「さっき、お母さんにどんなお料理作ってくれた?」「誰がお客さんで、誰がお店の人だったかな?」などの問いかけをして、役割や行動を思い出させます。

ブロック・積み木

「昨日作った高いタワー、また作れるかな?」「お家を作るのに、どんな形のブロックを使ったっけ?」など、手順や使ったものを思い出させます。

お絵描き・粘土

制作の前後に、「お散歩で見つけたお花、描いてみてくれる?」「この恐竜を作るのに、何色の粘土を使った?」など、視覚的な記憶を呼び起こすような質問をしてみましょう。

簡単なクイズゲーム

「動物園で見た、首が長くて黄色と茶色の模様がある動物はな~んだ?」のように、ヒントを与えながら答えを思い出させるクイズ(手がかり再生)も有効です。写真カードや実物を使うのもおすすめです。※8

図鑑やフラッシュカードを活用した遊び

図鑑やフラッシュカードも、使い方次第でアクティブリコールの良いツールになります。

図鑑

写真や絵を見て名前を言うだけでなく、「この動物はどこに住んでいるのかな?」「どんな鳴き声だったっけ?」「ほかに空を飛ぶ動物はどれかな?」など、関連情報やカテゴリー分けを考えさせる質問をします。

フラッシュカード

言葉、形、色、数、文字などの学習にフラッシュカードを使う際は、単に見せて覚えさせるだけでなく、「これは何?」と質問して答えさせたり、神経衰弱のようにマッチングさせたり、仲間分けさせたりするゲーム形式を取り入れるのもよいでしょう。答えを認識するだけでなく、自力で思い出すプロセスを促すことで、アクティブリコールの効果を得られます。フラッシュカードを単なる暗記ドリルではなく、対話的で楽しいゲームとして活用しましょう。カードに描かれたものを家の中から探す、カードの色と同じものを持ってきてもらうといった活動も、遊びながら想起を促す良い方法です。※8、9、10

お散歩やお出かけ先での「思い出し」チャンス

お散歩や公園、買い物など、日常のお出かけも「思い出す」練習の宝庫です。例えば、「さっきのお散歩で、何色の車を見たかな?」「公園で鳴いていた鳥さん、どんな声だった?」などの質問を通して、観察したことの想起を促しましょう。「図書館で、最初に何をしたんだっけ?その次は?」のように、順番の想起を促す質問もおすすめです。ほかには、公園までの道のりを思い出しながら簡単な地図を一緒に描いてみるのも、空間的な記憶を呼び起こすのに役立ちます。※10

アクティブリコールを取り入れた遊びのアイデア例を表にまとめました。子どもたちの反応にあわせて声かけや遊び方をアレンジしながら、ぜひ取り入れてみてください。

活動の種類 具体的な声かけ・遊び方 対象年齢(目安) 関連する学び
絵本の読み聞かせ 「お話の最後、どうなったんだっけ?」
「主人公が言った面白い言葉、覚えてる?」
2歳~ 記憶力、言語力、想像力
日常会話 「昨日のおやつ、何だったか思い出せる?」
「〇〇ちゃんが好きなキャラクター、名前なんだっけ?」
1.5歳~ 記憶力、語彙力、コミュニケーション
ごっこ遊び 「お医者さんごっこで、どんな道具を使った?」
「レストランで注文したものは何だった?」
3歳~ 記憶力、役割理解、社会性
図鑑・カード遊び 「この果物の名前は?」
「赤い色のカードはどれかな?」
1歳~ 知識、分類、記憶力、語彙力
お散歩・お出かけ 「さっき通ったお店、何屋さんだった?」
「公園にあった遊具、全部言えるかな?」
「帰り道、どの道を通るか教えてくれる?」
2歳~ 記憶力、観察力、空間認識

アクティブリコール成功の秘訣:親子で楽しく続けるコツ

アクティブリコールを家庭に取り入れ、楽しく続けるためのコツを6つご紹介します。

①「テスト」ではなく「楽しい遊び」に

最も大切なのは、アクティブリコールを「評価のためのテスト」ではなく、「親子で楽しむ知的な遊び」ととらえることです。子どもがプレッシャーを感じたり、間違えることを恐れたりするような雰囲気は避けましょう。結果よりも、一緒に考えたり発見したりするプロセスそのものを楽しむ姿勢が大切です。特に、正解したかどうかだけでなく、思い出そうと努力したこと自体を認め、ほめることが、子どもの意欲を引き出します。

②無理なく自然に、毎日の習慣に

アクティブリコールは、特別な「勉強時間」を設けなくても実践できます。お風呂の時間、食事中、車での移動中、寝る前の読み聞かせの後など、日常のちょっとした隙間時間に、短い質問を投げかけるだけで十分です。長時間まとめて行うよりも、短くても頻繁に「思い出す」機会を持つほうが、記憶の定着には効果的です。※8

これは、学習科学で知られる「分散学習(Distributed learning/practice)」の原則にも通じます。分散学習は「間隔反復(Spaced repetition)」とも呼ばれており、時間を分散して(学習の間隔を空けて)勉強するほうが長期的な記憶の定着が良いことが知られています。安川康介氏の著書『科学的根拠に基づく最高の勉強法』では、エビングハウスの「忘却曲線」を挙げて解説されており、「同じ内容を、同じ時間をかけて勉強するにしても、分散したほうが学習効果が高い」としています。※1

関連記事:エビングハウスの忘却曲線とは?節約率に注目した記憶実験や節約率を高める学習法、批判について解説

「なぜ?」「どうして?」を引き出す問いかけ

質問をする際には、「閉じた質問(クローズドクエスチョン)だけでなく、「開かれた質問(オープンクエスチョン)」を意識的に使いましょう。「はい」または「いいえ」で答えたり、単語だけで答えたりするのが、いわゆる「閉じた質問」です。一方、「どうしてそう思うの?」「どうやって作ったの?」といった、理由や方法を尋ねる質問を、「開かれた質問」といい、子どもが自分の考えを言葉にしてより深く思考するよう促す効果があります。
「なぜ?」「どうして?」という問いかけは、より高度な認知的努力を必要とします。そして、この努力こそがより深い理解と強固な記憶形成につながるのです。※12
質問の種類を工夫することで、単なる記憶の再生にとどまらず、子どもの思考力を育むことにつながります。

年齢や発達に合わせた工夫

アクティブリコールの方法は、子どもの年齢や発達段階に合わせて調整する必要があります。以下は問いかけの一例なので、子どもの様子や反応を見ながら工夫してみましょう。

乳児期・歩き始めの時期

この時期にできる「思い出し」遊びは、「くまちゃんはどこかな?」といった簡単な物の名前の確認、音の模倣、「(手遊びの後で)パチパチしたね、もう一回できる?」といった直前の行動の再現などが中心になります。身振り手振りや絵カードなどを積極的に活用しましょう。

幼児期中期・後期

この時期には、より複雑な質問(「どうして雨が降ると傘をさすのかな?」)、短い説明の要求(「今日あった面白いことを教えて」)、順番の想起(「靴下を履いたら、次は何をするんだっけ?」)のほか、簡単な予測や関連する事柄の連想などを促すのがよいでしょう。

親自身が楽しむ姿勢を見せる

親がアクティブリコールを義務や課題としてとらえるのではなく、子どもとの知的な対話や発見のプロセスとして楽しんでいる姿勢を見せることが大切です。親の好奇心や楽しむ気持ちは、子どもにも伝わります。「あれ、何を買うのかお母さん(お父さん)も忘れちゃったな。なんだっけ?あ、そうだ、牛乳を買うんだった!」といった感じで、親自身が思い出す姿を見せるのもよいでしょう。

間違えても大丈夫!な安心感

子どもがすぐに思い出せないときや間違えたときも、責めたりがっかりしたりしないことが重要です。間違いは失敗ではなく、学びの機会です。正しい情報を優しく伝える、ヒントを与える、後でもう一度聞いてみるなど、柔軟な対応を心がけましょう。子どもが安心して「思い出す」ことに挑戦できる、心理的に安全な環境を作ることが、アクティブリコールを継続する上で不可欠です。

アクティブリコールの科学的根拠

アクティブリコールがなぜ子どもの学びにこれほど有効なのか、その科学的な根拠をいくつか紹介します。

長期記憶への効果

アクティブリコールの最も顕著な効果は、長期記憶の強化です。テストなどを通して情報を積極的に思い出す行為は、単に情報を繰り返し見聞きする「再学習」よりも、はるかに効果的に記憶を長期にわたって保持させることが、数多くの研究で一貫して示されています(テスト効果)。※10、11、12

例えば、1991年には35件の研究を統合・分析したメタアナリシス研究が行われており、テストの回数が頻繁な群と少ない群を比較した結果、前者がより効果的であることが示されました。2012年には数百件の研究を対象にメタ分析調査が行われ、アクティブリコールの一形態である練習テスト(模擬試験)が学習に中程度から大きな効果をもたらすことが報告されています。2015年、2017年にもメタ分析研究が行われ、いずれも同様の結果を示しています。※10

理解を深めるメカニズム

アクティブリコールには、学習内容の理解を深める効果もあります。情報を思い出そうとするプロセスで、脳はその情報を再度処理し、整理し直します。これにより、新しい知識が既存の知識ネットワークと強固に結びつき、断片的な知識が体系的な理解へと深まっていくのです。※8

また、前述の通り、思い出す過程で自分が何を理解していて何が理解できていないのかが明確になるため、その後の学習をより効果的に進める手助けにもなります。

知識の応用力を高める

思い出す練習を繰り返すことで、必要なときにその知識をスムーズに引き出し、新しい状況で活用する能力、すなわち知識の応用力(転移)が高まります。テストにおいては、学習した内容と重複する内容が出題された場合に記憶成績の結果が向上することがあり、H.L.Roediger氏とJ.D.Karpicke氏による2006年の論文でも「転移適切性処理」として言及されています。※5、13

これは、単に頭の中に情報を蓄積するだけでなく、知識を実際に「使える知識」へと変えていくプロセスといえます。これは、学校での学習はもちろん、将来、社会に出てさまざまな問題に対処していく上でも重要な力となります。

学習意欲へのポジティブな影響

アクティブリコールは、子どもの学習意欲にも良い影響を与えます。自分の力で情報を思い出せたという経験は、有能感や達成感につながり、学習へのモチベーションを高めます。また、受け身で情報を受け取るよりも積極的に関与するほうが、学習活動そのものがより楽しく、興味深いものになります。

Anna Jakobsson氏らの研究チームが2023年に発表した論文では、合計81名の小学生を対象に、長期的な知識の保持の促進という観点で、能動的な学習法のひとつであるディスカッションと検索による学習を比較しました。この研究では、アクティブリコールを用いた復習方法が、ほかの復習方法と比較して記憶保持の効果に差が見られなかった場合でも、学習者の興味や楽しさ、学習プロセスから得られる利益の実感を高めたことが報告されています。※11

これは、特に幼児期において、学習に対するポジティブな態度を育むことにつながります。たとえ目に見える記憶力の向上がすぐには現れなくても、アクティブリコールは子どもが学びを好きになるための土壌を育むといえるでしょう。

アクティブリコールの注意点

アクティブリコールにはさまざまな効果がある一方で、いくつかの注意点も示唆されています。主な注意点を2つご紹介します。

初期には難しく感じられる

アクティブリコールは受動的な学習に比べて、最初は難しく感じられることがあります。前述の通り、この難しさは記憶を定着させ学習効果を高めるのに必要な「望ましい困難」であり、難しくても記憶から情報を引き出そうとする「認知的努力」こそが学習効果を高める鍵なのです。焦らず、少しずつ慣れていくことが大切です。※3、4

フィードバックの役割

思い出した内容が正しかったかどうかを確認するフィードバックも重要です。※11

家庭で実践する際は、子どもが思い出せなかったり間違えたりした場合に、優しく正しい情報を伝え、一緒に確認するようにしましょう。

アクティブリコールの研究事例

アクティブリコールの効果は、多くの研究によって裏付けられています。ここでは、そのなかでも特に影響力の大きいH.L.Roediger氏とJ.D.Karpicke氏の研究と、複数の研究結果を統合したメタアナリシスの知見を2つご紹介します。

H.L.Roediger氏とJ.D.Karpicke氏の研究(2006年、Psychological Science)

●論文タイトル:Test-Enhanced Learning Taking Memory Tests Improves Long-Term Retention ※5
●目的:教育現場で使われるような文章教材を用いて、テスト(想起練習)が再学習と比較して長期記憶にどのような影響を与えるかを検証
●参加者:大学生
●学習材料:科学的な内容に関する短い文章
●実験条件:
○再学習グループ(Study-Study-Study-Study: SSSSなど):文章を複数回続けて読む
○テストグループ(Study-Test-Test-Test: STTTなど):最初に文章を読み、その後、内容を自由記述で思い出すテストを複数回行う。ただし、フィードバックはなし
●最終テスト:学習セッションの5分後、2日後、または1週間後に、学習した文章の内容を自由記述で思い出すテストを実施
●結果:
○5分後のテストでは、再学習グループのほうがテストグループよりも多くの内容を思い出すことができた
○2日後と1週間後のテストでは、テストグループのほうが再学習グループよりも著しく多い内容を思い出すことができた。具体的には、1週間後の保持率は、再学習グループが約42%だったのに対し、テストグループは約56%だった
○自己評価においては、再学習を繰り返したグループは長期的な記憶成績が低いにもかかわらず、内容をよく覚えているという自信が高かった(流暢性の錯覚)

この研究により、フィードバックがない単純な想起練習(アクティブリコール)であっても、再学習を繰り返すよりも長期的な記憶保持に非常に効果的であることが示されました。※5

2件のメタアナリシスによる知見

複数の研究結果を統計的に統合するメタアナリシスは、テスト効果の全体的な傾向や、どのような要因が効果の大きさに影響するかを明らかにする上で重要です。アクティブリコールに関する代表的なメタアナリシスを2件ご紹介します。

C.A.Rowland氏のメタアナリシス(2014)

論文タイトル: The Effect of Testing Versus Restudy on Retention: A Meta-Analytic Review of the Testing Effect ※14

テストと再学習を比較した研究を分析しており、テストは再学習よりも記憶保持に中程度の効果があることが確認されました。特に、選択肢から選ぶ形式よりも、自由記述やキーワード想起の形式のほうが思い出す努力が大きく、記憶がより強化されることが示唆されています。また、フィードバック(正解の提示など)があると、テスト効果はさらに増大しました。※15

O.O.Adesope氏ら のメタアナリシス(2017)

論文タイトル: Rethinking the Use of Tests: A Meta-Analysis of Practice Testing ※15

テスト、再学習、さまざまな非テスト条件を比較した研究を分析しました。その結果、テストは再学習やほかの学習活動と比較して、学習効果が高いことが確認されました。また、フィードバックはテスト効果を高める重要な要素であると指摘しています。※15

これらの研究は、アクティブリコールが単なる知識の確認手段ではなく、記憶を強化し、長期的な学習を促進するための非常に有効な戦略であることを科学的に裏付けています。

幼児期の学習にアクティブリコールを楽しく取り入れよう

アクティブリコールは、「学習は、情報を積極的に思い出すことによって強化される」という、科学的に裏付けられたシンプルかつ強力な原理です。特別な教材や時間を必要とせず、絵本の読み聞かせや日常会話、散歩、遊びなどを、学びを深める絶好の機会に変えることができます。また、アクティブリコールのような能動的な関わりは、テレビやタブレットの視聴などの受動的スクリーンタイムとは対照的な活動であり、親子で対話し、一緒に考えながら思い出すことで、子どもの健全な認知発達を促すことにつながります。

「思い出す習慣」を幼児期から育むことは、記憶力の向上だけでなく、物事を深く理解する力、自分の考えを言葉にする力、そして問題解決につながる思考力の基礎を築きます。「思い出せた!」という成功体験は、子どもの自信と学習意欲を大きく伸ばすことでしょう。焦らず、楽しみながら、子どものペースに合わせて「アクティブリコール」を日々の生活に取り入れましょう。

参考資料

※1安川康介(著). (2024). 科学的根拠に基づく最高の勉強法. KADOKAWA.
※2 Osmosis from ELSEVIER. (2022) Active Recall: The Most Effective High-Yield Learning Technique.
※3 アン・サンミン. (2020) 記憶の定着に効果絶大な、 Active Recall/Retrieval 法とは?. note.
※4 Alexander Young. Active Recall – The Evidence-Based Study Technique You Should Be Using.
※5 Roediger, H. L., & Karpicke, J. D. (2006). Test-Enhanced Learning: Taking Memory Tests Improves Long-Term Retention. Psychological Science. 17(3). 249–255.
※6 EdCircuit. Hot Topics – controversial. (2025) Educational Neuroscience: A New Frontier in Learning.
※7 砂上史子ほか. (2020) HighScopeカリキュラムの特徴と日本の幼児教育への示唆―2019年アメリカ・HighScope等関連教育施設の視察を中心として―. 千葉大学教育学部研究紀要. 68. 171-183.
※8 W. Patrick Bryan. (2024) Active Recall to the Memory Rescue. Thrive Center.
※9 The Umonics Method. Preschool Flashcards.
※10 Sander Tamm. (2023). Active Recall: What It Is, How It Works, and More. E-student.org.
※11 Anna Jakobsson, et al. (2023) Retrieval-based learning versus discussion; which review practice will better enhance primary school students’ knowledge of scientific content?. Taylor&Francis Online. 1216-1238.
※12 John Dunlosky, et al.(2013) Improving Students’ Learning With Effective Learning Techniques: Promising Directions From Cognitive and Educational Psychology. Psychological Science in the Public Interest.
※13 長大介. (2018). 再認テスト時の学習項目と妨害項目の類似性がテスト効果の生起に与える影響. 認知心理学研究. 16(1). 1–10
※14 Rowland, C. A. (2014). The effect of testing versus restudy on retention: a meta-analytic review of the testing effect. Psychological Bulletin, 140(6), 1432–1463.
※15 Adesope, O. O., Trevisan, D. A., & Sundararajan, N. (2017). Rethinking the Use of Tests: A Meta-Analysis of Practice Testing. Review of Educational Research, 87(3), 659–701.

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Pre eduの企画・執筆・編集をしています。小学校受験や幼児教育に関する情報をお届けします。

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